コンピュータの歴史(10)

アップルの誕生


マイクロソフト社の設立と時を同じくして、1976年に、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニャックは、カリフォルニア州シリコンバレーのロスアルトスにあるスティーブ・ジョブズの実家のガレージで、「アップル」という会社を設立します。スティーブ・ジョブズは、ビル・ゲイツと同じ1955年生まれで、この時21歳でした。また相棒のスティーブ・ウォズニャックは5歳年上の26歳でした。
スティーブジョブズは、オレゴン州ポートランド市にあるリード大学で哲学を学びますが、中退してシリコンバレーのゲームメーカーの「アタリ社」でアルバイトをすることとなります。その後、東洋に興味を持ち、インドを半年放浪していますが、再びアタリ社で働くようになっていました。一方スティーブ・ウォズニャックは、カリフォルニア工科大学を卒業してヒューレットパッカード社の社員として働いていました。彼ら2人はコンピュータクラブで出会い、コンピュータのキットを組み立てて売ることをビジネスと考え、アップルを設立しました。
最初は、インテル社のMPU「8080」が高すぎるため、モス・テクノロジー社のMPU「6502」を用いて、アップルTを作成し、販売しました。
その後、パソコンの常識を変えた「アップルU」を開発します。「アップルU」はそれまでのパソコンの常識を覆すような機能を持っていました。アップルUは、カラーのスクリーン、フロッピーディスクドライブ、キーボードを持っており、コンピュータ本体には、BASIC言語を入れたROMが内臓されていました。これにより、アップルUを購入したユーザーは、BASICで書かれたプログラムを即実行できる環境にありました。1977年4月にアップルUは2000ドルで売り出されました。この結果、アップルUは爆発的に売れることになります。また、アップルUをより広めたのは、計算ソフト「ビジカルク」であったと言われています。

スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニャックの関係は、ビル・ゲイツとポール・アレンの関係によく似ています。スティーブ・ジョブズはビジネスのセンスを持った若者で、スティーブ・ウォズニャックは、自分でパソコンを自作できるほどのハードの達人でした。ここでも、スティーブ・ウォズニャックなくしてアップルはないということができます。しかし、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズは、時代の流れを読み取り、いち早くビジネスを立ち上げようとした起業精神には学ぶべきものがあります。

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